いつもしまわれている神楽面を社務所に下ろした夜のこと。
お神楽の練習も終わり、ひとり事務所で仕事をしていたのだが… ふと気配を感じて、廊下に出た。
するとガラス戸の向こうに茶色の影。
「あっ、サツキ?」(うちのイヌの名前)
それはサッと身を翻し、一瞬私の方を振り返りながら階段を飛び降りて闇に消えた。
(サツキ、より少し小さくて、ほっそりしていたよね…色も少し明るかったし…狐かな?)
なんとなく大広間に置かれている神楽面のことを思い出す。
(会いに来たのかな…古なじみの神楽面に)
ーそこでこんなお話ー
(ああ、びっくりした。いきなり雅子さんが顔を出すんだもんな)
闇の中で狐はまだ少し胸をはずませていた。
ほどなく社務所の電気が消え、ガラス戸が開くと人影がでてきた。
(今日のお仕事はおしまいだね)
狐は坂を上っていく後ろ姿を見送ると、ふたたび社務所の入口を見つめて首をかしげた。
(なんだか、懐かしい臭いがしたんだよね…)
通りすがりに、なんだか気になってたまらなくなり、つい電気がついているのに社務所の入口から中をのぞきこんでしまったのだった。
社務所は今ひっそりと静まりかえっている。
(お山にもどろうかな。)
立ち去りかけたとき、大広間の障子の向こうがボウッと明るくなった。
(あれ、まだだれかいたの?)
ざわざわする人の声もする。
その声は、だんだん賑やかになって、楽しげな笑い声も聞こえてきた。
狐はピンと耳をそばだてた。
(あっ、やっぱり!)
ひとっとびで社務所へ駆け戻ると、さっき雅子さんが閉めてったはずの戸をガラリと開けて中へ飛び込んだ。
「恵比須のおじいちゃん!」
「おっ?おお、コン助かあ。ひさしぶりじゃな。さあさあ、こっちへおいで。」
にこにこしたえびす顔の老人に手招きされて、コン助は大広間へ足を踏み入れた。
「わあ、みんないたんだね!」
恵比須、大黒、諏訪、鹿島……神楽の面々が、大広間に車座になって酒盛りを始めたところだ。
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